2012年03月16日

気仙沼大島復興椿まつり

東北最大の有人離島、気仙沼大島。
昨年末ごろ、元気アロマネットの「手当ての輪」の活動を通じて、
気仙沼大島で椿油が作られていることを知り、
3月に訪れることが決まって、今年の椿油を使いながら、
ずっと心待ちにしていた場所です。
とうとう、先週7〜8日にかけての24時間で行って参りました。

それにしても、行ってから、もう1週間も経ってしまいました。
一緒に行った皆さんが次々とブログをアップされ、
それを見て思い返しているだけで、いっぱいいっぱい。
でも、少しだけ、思い起こしながら、
私にできる記録をしておきたいと思います。

気仙沼大島へ行くことになった経緯については、
こちらのブログにも少し書きましたが、
アロマボランティアチーム「手当ての輪」のメンバーとして、
トリートメントに植物油を使うアロマセラピストとして、
気仙沼大島の椿を育てる会」を応援する立場から、
今回はおまつりのオープニングに鎮魂のフラを踊り、
椿油の生まれる風景を見学したり、椿油の料理を楽しんだりというツアーで
気仙沼大島復興椿まつり」に参加することとなりました。

23時に南浦和駅に集合し、夜行バスで気仙沼へ。
朝7時20分のフェリーで島へ渡ります。
まずは港から、全島が一望できるという、海抜235mの「亀山」へ。
ここで、気仙沼大島で椿を産業にしようと力を尽くしていらっしゃる
小野寺栄喜さんのお話を伺います。

小野寺さんのお話
「3月11日は、午前中にその年の小学校6年生の
卒業記念に植えるはずだった苗木24本の受け取りをした。
電話回線は海底ケーブルを通じて本土から来ていたが、
それがやられて、電話も通じずメールも見られない日々。
水も海底の水道管を経由してきていた。
水道の復旧までには4ヶ月もかかり、今も完全ではない。
飲み水は井戸水や沢の水、学校のプールの水を浄化していた。
大島では、何でも船でやってくるから、もともと物が高い。
気仙沼の駅前からフェリーの出る港までは30分歩く距離で、
タクシーも、運送屋さんも車が流されてないので、
本土側に車を置いていない人は、買い物もできない」

「震災後、火を消すのが大変だった。
亀山に登るリフトがあったが、オイルに引火して焼け焦げてしまった。
すそ野が燃え続け、全島避難も検討していたところ、
5日後にみぞれが降ってようやく鎮火した」
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焼けたあとの残る木々

「6年後に本土と大島をつなぐ橋がかかる予定がある。
以前の計画が少し早まった。
問題は若い人が出て行ってしまっていること。
ここは漁業と観光の島で、もとのようには戻らないから
仕事がない。今の人口は3200人だが、
橋がかかったら2200〜2300人になってしまうだろう。
今年の小学校入学6人、去年まで11人。
昨年の卒業生が24人だったことを考えると、どんどん半減している。
島外からお嫁さんに来た人は、子供を連れて戻ってしまう。
高齢者が多く、津波の被害が大きすぎる。
津波は2年連続で3回やられた。チリ、十勝、そして今回」

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亀山から見える、建物が失われた気仙沼の港

「前に進もうとすると壁にぶつかり、
また進もうとするとぶつかり……という毎日。
大変だと思うとやっていけない。
目の前のことをひとつひとつやっていくしかない」

さまざまなお話を聞いたあとは、島の中心の「開発総合センター」へ移動して、
いよいよフラを披露。
気仙沼大島小、中学生のお母さん方も、
youtubeの練習用動画を見て、練習してくださっていました。
髪には、島の皆さんが編んでくださった毛糸の椿。
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心をひとつに踊ります。
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気仙沼大島復興椿まつり」は、まだまだ5月6日まで続きます。
椿まつりのチラシにあった言葉、
「気仙沼大島に来てくださることそのものが大きな支援」

私にできることは、また大島に行くことかな、と思っています。
大島よいとこ、一度はおいで。
フェリーだって、1日に16往復もしています!

おいしいもの、あります。
私たちは「旅館 明海荘」さんで心づくしの昼食をいただきました。
私がとくにおいしい! 香りがいい! 今まで食べたことがない!
と思ったのは「まつも」という海藻でした。
写真の左端、ほうれんそうとあえものにしてあります。
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すばらしい景色、あります。
さきほどの小野寺さんからも、
「11月に全国離島推進会議があり、気仙沼大島は
全国の離島の中でも景色がいいと評価された」というお話でした。
陸地に近い島である気仙沼大島からは、
陸の風景も海の風景も楽しめます。
亀山山頂からの景色は「緑の真珠」と詩にうたわれたそう。
夕方に訪れた「竜舞崎」では、
5時近くで少し暗くなっているにもかかわらず、
深い緑色の海を臨むことができました。
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椿荘さんのホームページでも、その一端をうかがうことができます。

椿は4月の中旬ごろから満開になるそうです。
今回訪ねられなかった、樹齢400年の椿の木
ぜひ花をつけたところを見てみたいです。いや、見ます!

そして、穏やかであたたかい人たちがいます。

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明海荘のお母さんたち、おいしいお食事をありがとうございました。
そして私たちを島へ呼んでくださった小野寺さん、
伊豆大島から植樹の指導のため駆けつけてくださった尾川さん、
ありがとうございました。
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ああ! この旗が欲しかった! 帰りに本土の「復興屋台村」に寄ったときに
おみやげとして買いたかったのですが、お土産屋さんが閉まっていて買えませんでした。残念。
今回お世話になった「椿荘」さん、「明海荘」さん
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どちらも村上さんのお二人の若旦那! ご案内ありがとうございました。
おつらい体験もお話いただき、それでも明日に向かって進む姿を心に刻みました。

この旅では、心に残る素晴らしい歌に出会いました。
あすという日が

いま 生きていること
いっしょうけんめい 生きること
なんて なんて すばらしい



手当の輪のメンバーの皆さん、
代表の斉藤京子さんはじめ、このツアーを成功させるために力を合わせた
すべての皆さんに感謝します。

最後に、素敵なニュースを発見したのでシェアします。
共同通信ニュース「気仙沼大島にツバキを贈呈 伊豆大島から復興支援」
http://www.47news.jp/movie/general_topics/post_6458/








posted by metsä at 14:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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